上川原野
上川地方調査時に書かれた上川原野図
1888年(明治19年)北海道土地払下規則は公布により植民地選定が行われ、上川原野は以下のとおり報告されている。
「上川郡は石狩国の東北を占め、殆どが全道の中央に位置し、四境皆山を纏し、ただその西隅僅かに欠けて石狩川を通す。その東はヲブタシケ山脈を以て十勝国を界を分ち、南はエホロカンベツの一渓流によって空知郡と相対し、西一体はイノウ及びウブン連山にして、北にピップ及びヲサラッペツの水源諸山あり、以て天塩国に境界する。その中央平坦の地は即ち所謂上川原野なり。」
 
松平農場
松平農場事務所
北海道開拓使による区画測量を終えたチカプニ原野・ヲサラッペ原野の530万坪(約1,750ha)を松平直亮(出雲国松江藩主定安の3男明治15年家督を継ぐ)が華族農場として開場昭和12年自作農創設事業(小作人への農地解放)の完了により閉場するまで近隣入植者と共にかんがい溝(用水路)掘削や水稲作付を行い水土里ネット大雪の前身である近文土功組合を明治38年設立し初代組合長には松平農場管理人であった内田瀞が就任している。
 
近文土功組合
設立時の役員・議員・職員
1903年2月26日近文2線9号山田一清氏宅を会場に出席者132名書面委任76名で近文土功組合設立総会を開催、3月31日付で北海道庁長官に申請するも数度の修正を経て、1905年2月2日(明治38年)無事設立認可を受ける。3月12日組合議員選挙を実施、4月5日には役員選挙を行い組合長に内田 瀞氏、理事に武田徳太郎氏と五十嵐善四郎氏の両名を選出し、6月3日北海道庁長官の認可を受けて就任している。
この近文土功組合が水土里ネット大雪の前身となり本年で107年が経過するものです。
 
近文共栄土功組合
事務所の完成を祝う関係者
比布土功組合の用水路を延伸して設立した「近文東土功組合」と近文土功組合の支線拡大延伸により設立した「近文第二土功組合」は共に1915年(大正4年)9月27日認可となり丘陵地域の水稲栽培を支えたが冷害・災害・米価の暴落等に苦しみ運営安定のため1944年(昭和19年)3月8日認可により両土功組合を合併し「近文共栄土功組合」を設立した。
丘陵地帯を引水するためトンネルが4施設・逆サイフォンが13施設・水路橋が2施設と農業土木技術の粋が結集しています。
 
比布土功組合
 
土功組合から土地改良区へ変更
土功組合組織変更記念式
1902年(明治35年)3月8日明治35年法律第12号で公布された北海道土功組合法は、1949年(昭和24年)6月6日公布の土地改良法施行法第7条により廃止され、同日公布の土地改良法により土地改良事業を施行することを目的にして土功組合から土地改良区に組織変更され、非営利で非課税の公共組合となりました。
 
5土地改良区の合併
☆近文土地改良区
1905年(明治38年)2月2日認可
1950年(昭和25年)10月31日組織変更
☆共栄土地改良区
 
1951年(昭和26年)8月31日組織変更
 
 
大雪土地改良区
〒071-8104
北海道旭川市東鷹栖4条5丁目
              639番地の130
      TEL.0166-57-2919
      FAX.0166-57-2918

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011718
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